dress up



「ハンナ!ハンナ!」

家中に聞こえるんじゃないかと思うぐらいの声で呼ばれて、工房で人形作りをしていたハンナは驚いて顔を上げた。

「ルディ?」

独り言のような呟きが聞こえたわけではないだろうが、直後に工房のドアが彼にしてはせわしなく開けられた。

途端に飛び込んでくるのはハニーブロンドの髪と碧眼。

恐ろしく整った容姿ではあるが、その瞳に映るいたずらっぽい光はかつて人形であった事など微塵も感じさせないほど人間くさい。

が、しかしその視線を受け止めたハンナはなんとなく嫌な予感がするのを感じた。

「やっぱりここにいたの。」

取りあえずハンナの姿を見つけて満足したのか、ルディはいつものようににっこりと微笑んだ。

その普通の女の子が見たら卒倒しかねないほど王子様然とした笑顔にハンナは身構える。

(・・・・こ、こういう顔のルディって大概ろくなこと考えてないのよね。)

出会ったばかりの頃は思い切り騙された笑顔だが、さすがに恋人と呼ぶに相応しい関係になってしばらくたった今ではしっかり学習済みだ。

というか、強制的に学ばざるを得なかったとも言うが。

「な、なに?」

「あれ?僕のお姫様は何をそんなに警戒してるのかな?」

「私だって学習するんだから。」

「そうなの?それは残念。」

肩を竦めるルディにハンナはむうっと眉間に皺をよせる。

途端に、顔に影がかかったと思ったと同時に眉間に柔らかい感触を感じてハンナはぎょっとした。

「ルディ!!」

「ごめん、だって僕のせいで君の可愛らしい眉間に皺がよってしまうのなんて嫌だしね。」

クスクスと笑うルディを見ながらハンナは途方に暮れたように黙ってしまった。

(ただのいたずらなら怒れるんだけど・・・・最近ダメなのよね。)

からかわれただけだったら今だってぷいっと顔を横に向けてしまっても構わない。

けれど、最近気が付いてしまったのだ。

こういう時、冗談めかして言っているルディの笑顔が本当に幸せそうだということに。

(それに気が付いちゃったら、怒れない。)

はあ、と負けた気分でため息をついたハンナは話題を変えるべく口を開いた。

「それで、どうしたの?」

「え?」

「えって、何かあったから駆け込んできたんでしょ?」

「ああ、そうだった。」

急に目を輝かせるようにしてルディはそういうと、ポケットから二枚の紙切れを取り出した。

そしていつもの芝居がかった仕草でハンナを覗き込む。

「ねえ、僕のお姫様。君はいつも僕がプレゼントするものをどうして使ってくれないのかって聞くと、使う場所がないって言うよね?」

「え、ええ。だって人形を作っている時にはアクセサリーは着けられないし、綺麗なお洋服も着られないし。」

「だからね、使う場所を作れば良いんだ。ほら。」

にっこり笑って差し出された紙切れを見て、ハンナはぎょっとした。

「え!?ルディ、これって今一番人気のオペラの一等席じゃない!?」

連日並んでも手に入らないと街で評判になっているのをハンナでも知っているようなオペラのチケットなのだ。

なんで、どうしての疑問符で一杯になるハンナにルディは満足そうに頷く。

「そう。着飾っていくには最適だよね。」

「・・・・なんだか目的が違う気がするけど。」

「えー?いいんじゃない?君、そのオペラ見たかったんでしょ?」

「え・・・・」

あっさり言われてなんでばれたんだろうとハンナは驚いた。

確かにオペラの筋は不思議な人形を中心に回るもので、街で聞いた噂によるととても精巧なマリオネットが登場するというので気になっていたのだ。

(でもルディに言ったことはなかったはずなんだけど。)

驚いたままハンナがルディの顔をみると、ルディは少しだけはにかむように頬を傾けて言った。

「あのね、君は希望を言わなすぎるよ?お陰で僕は君が隠してるやりたいこととか欲しいものを探すのが上手くなっちゃった。」

「ルディ・・・・」

ありがとうと言うべきか、ごめんなさいと言うべきか少し悩んだハンナにルディは構わないというように仕草で示す。

「だからいいよね?僕は僕のプレゼントで着飾った君を見てみたいし、君はオペラを観たい。ギブ・アンド・テイクでしょ?」

「うん・・・・ありがとう、ルディ。」

「ふふ、お礼はキスがいいな・・・・と、言いたい所だけど、まだやめといてあげる。じゃ、何を着ていくか選ぼうか!」

「え!?ちょっとまって、ルディ!このオペラの日ってまだ先・・・・!」

「君に一番似合うものを選ばないといけないんだから、今から始めたって遅くないよ!さ、早く!」

「ちょ!ルディ!」

ほとんど引っ張られるようにして工房から連れ出されながら、ハンナはこっそり苦笑した。

(ちょっと・・・・早まったかな?)

















―― 数日後。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

エリントン家のリビングルームでルディは落ち着かなさそうにソファーに座っていた。

今日は例のオペラに行く日だが、オペラの開演時間云々を気にしての落ちつかなさであることは嫌と言うほどわかっている。

ルディ自身、オペラ自体はどうでもいいといっても過言ではなく、ひとえに興味があるのはあのリビングルームの扉を押して入ってくる少女一人だ。

オペラに行くことをハンナが承諾してくれてから、ルディはほとんど毎日、ハンナに贈ったプレゼントを引っ張り出す事に費やした。

(ハンナってば、だいたいしまっちゃってるんだもの。)

使う場所がないからという理由でしまわれていたドレスや靴やアクセサリーをクローゼットから引っ張り出してあーでもない、こーでもないと組み合わせすのは自分で思っていたよりもかなり楽しい作業だった。

途中、ハンナに「着せ替え人形をする女の子みたい」と笑われたけれど。

「まったく、着せ替えるのがハンナだからこんなに楽しいんだってことに気が付いてるのかな。」

たぶん、気が付いてない、という結論に達してルディははあ、とため息をついた。

どうも、出会った最初の頃ウィルから騙されるとか聞かされているせいでハンナはルディの言動を冗談だと感じている事も多い。

(君にプレゼントを贈るのに僕がどれだけドキドキしていて、それを君が身につけてくれるかどれだけ考えてるか、なんて思いもよらないだろうしね。)

だからちょっと強引だけど、こんな手段に出てしまった。

まあ、ハンナも嫌そうな顔はしなかったし、いいかと結論づけてルディはちらっと時計に目を走らせた。

女性の支度は長いと言うけれど、そろそろ終わってもいい頃だ。

「ふふ、なんだかドキドキするな。」

最後に選び上げた組み合わせは絶対にハンナに似合うと断言できる。

子どものように浮き立つ気持ちでルディがリビングの扉を見た、ちょうどその時。

「・・・・ルディ」

「?ハンナ?」

ちょこっとだけリビングのドアが開いた、と思ったのにそれ以上扉は開くことなく、何故か自信なさげなハンナの声だけがリビングに入ってきた。

「どうしたの?」

「あ!えーっと・・・・その・・・・・」

歯切れの悪い返事にルディは首を捻ってドアに近づく。

途端に慌てたように閉まりかけるドアをルディは捕まえた。

「ハンナ?一体どうしたの?」

「あの・・・・・・」

「僕に姿を見せない気?」

ちょっと声のトーンを落として言えば、ハンナが慌てたのが気配で分かる。

(こういうところは聡いんだけどなあ。)

妙な所でルディが感心していると、やや戸惑ったように伺うような声がドアの向こうから聞こえた。

「あのね・・・・笑わない?」

「は?僕が何を笑うのさ?」

「・・・・いいから、笑っちゃダメよ?」

「うん?」

よく分からないが曖昧に頷くと、そろそろとリビングのドアが開いた。

開いて、その向こうにハンナの姿を見つけた瞬間















―― せっかく手に入れた心臓が止まったかと思った。














そこには一人の美しい女性が立っていた。

オレンジ色をベースにしたドレスはふんだんに使われたレースとオーガンジーが美しいシルエットを作っていて少女と女性の間の微妙な美しさを損ねることなく引き立てている。

栗色の髪には落ち着いた色の帽子。

アクセサリーに使われている宝石はルディの瞳の色と同じ碧玉だ。

ほんのりとした化粧しかしていなくても、間違いなくそこにいるのは誰もが認める美しい女性だった。

「あの、ルディ?」

あんまり黙っているルディを不審に思ったのか、ハンナが心配そうな顔で覗き込んでくる。

その瞬間、ハンナはルディの腕の中にいた。

「ル、ルディ!?」

驚いて身を捩るハンナを、ルディは逃がさないとばかりににぎゅっと抱きしめる。

「え?え?ど、どうしたの??」

訳が分からないというように目を白黒させるハンナを抱き込むように抱きしめてルディは、ため息をついた。

途端にびくっと震えるハンナの肩に、ルディは額を乗せる。

「ルディ?」

「・・・・参った。」

「え?」

「もー、降参。全面敗北。」

「??」

口に出してみたらなんだか妙におかしくて、ルディはクスクスと笑う。

確かにルディの見立てた服はハンナに似合っていた。

いや、似合いすぎていた。

(僕ってバカじゃない?)

こんなに美しく姿を変えたハンナをオペラ劇場のように人目にさらされる場所に出す?

(―― 絶対、嫌だね。)

「あの、やっぱり似合わない?」

不安そうに見上げてくるハンナにルディは微笑んだ。

たぶん、ちょっと情けない笑顔だったと思うけれど。

「あのねハンナ、ごめん。」

「え?」

「僕が本気で選んだらダメだったんだ。次回からはもう少し加減するよ。」

「?何言って・・・・」

「だから」

何か言いかけたハンナの唇をルディが塞いだ。

まだキスに慣れないハンナを翻弄するように、熱く甘く。

隙間さえ許さないように唇を重ねながら、ルディは微かに残った理性の片隅でハンナに詫びた。

(ごめんね、オペラの席はまた取ってあげるから。)

今は、このキスに溺れる君の耳元で囁こう。

―― 僕だけのために着飾ってくれたことにしてほしいって・・・・





















                                            〜 END 〜




















― おまけ ―

「ところで、ルディ。」

「何?」

「あのオペラのチケットってどうやって取ったの?あれってすごく人気の演目で一等席なんかみんな貴族の方々が押さえてるって聞いたわ。」

「んー、それは、ねえ?」

「?それは?」

「蛇の道は蛇。」

「え?」

「内緒ってこと。」

「えー!?・・・・・・・」

「ちょっと、何?その疑わしそうな目。」

「だって・・・・ルディならちょっとぐらい非合法なことをしていてもおかしくない気が・・・・」

「酷いなあ。あのね、僕が何百年生きてると思ってるの?ツテなんていくらだってあるんだよ。まあ・・・・」

「(ギクッ)な、何?」

「君が望むなら、危ないこともしないでもないけど?」

「!?!?!」

「ふふ、冗談だよ。そんなコトしたら君が悲しむでしょ?だからしない。愛してるよ、僕のハンナ。」

「私も・・・・・心臓に悪いことを言わないルディが好きよ。」

「あれ?怒っちゃった?(汗)」









































― あとがき ―
ジル・エピローグのルディ版?
ジルはちゃんとお芝居に連れて行ってくれましたがルディはダメそう(笑)